peace of cake! 〜ASDいけしまの足あと〜

発達障害当事者であり、支援者である〔いけしま〕の過去、現在、未来をつづることで足あとを残そうというブログです

診断は必要?〜いけしま生育歴④

ASD当事者で

大阪府和泉市の放課後等デイサービス「就労準備型放課後等デイサービス 自由帳」指導員いけしまです。

 

今回は中2の前半を綴っていきます。

 

前回のおさらい?と申しますか

私はクラブのいざこざではぶられ

だんだん休んだら早退したりするようになった

ことを綴りました。

 

そして、中2になりクラス替えもあり

担任も変わりました。

 

この担任と出会ったことで

私は学校アホらしいとなりました。

 

 

担任は20年ほど前の熱血タイプで

野球部顧問&生徒指導にも力入れており

よく言えば熱心な

思ったまま言うとウザい先生でした。

このままじゃ、ただの悪口なのですが理由はこれから(´Д` )

 

いけしまは2年になっても部内アウェイが続いており、学校休むこともあり、早退も多かったですが新学期だから学校なるべく行こうと頑張っておりました。

保健室の先生も寛容でしんどい時はいつでも保健室で休んでいいと逃げ場を作ってくれていたので私としたら救いでした。

しかし、担任は保健室に行ってることを知ると

「何甘えとんねん」

と、保健室に乗り込んでくることも多く参ってました。上手く保健室の先生が交わしてくれたのでまだ救いでした(*´ω`*)

 

 

1学期の梅雨も終わり頃

担任はホームルームで衝撃の発言をしました。

 

「俺はいけしまが嫌いや」

 

正直、なぜそんな発言をクラス全員の前でしたのかわかりません。

大人(特に教師)嫌いないけしまは

相変わらず反抗的な生徒ではありましたが、

担任嫌いだからほとんど担任の教科は保健室にいたので接点は多くない…

 

 

クラス内の噂でいけしまは

クラブの2年全員を敵にまわしてる

と囁かれておりクラス内でも良い印象を持たれていませんでした。

 

この担任の言葉は凄まじく

一気にクラスの人から避けられるようになりました。

 

それと同時期、同じクラスの友達が吹奏楽部に入部してくれたのですが、同級生憧れの楽器に選ばれ(学校から修理費が出た)たことがきっかけでイジメに…

そんなこと全く気がつかず、かばった私がターゲットに

かばった子はイジメる側に!?

 

 

クラスの子からは距離を置かれ

部活では1個上の先輩に目をつけられ

同級生の一部からはイジメられ

 

 

いけしまの決断!

学校なんていく意味がない!!

 

 

頑固ないけしまは思春期真っ盛りで

親にろくに何も言わずに学校に行かなくなりました。

 

 

行かないと決めたものの

大多数の人が出来てることができないことに苦悩し、学校行かないことで怒る母親に申し訳なくて…

学校の人に会うのが嫌で外に出られなくなり、そして昼夜逆転の生活になりました。

 

放任主義の母親が私のことに口出しするのは珍しいと思っていたのですが

担任が母親を呼び出して

 

私が学校に来ないのは甘えて育てた母親にも責任がある

と責めたてたからでした。

なぜ、わかったかというと担任が1度家に来て

母親を責め立ててたから…

 

この時は不登校を登校拒否と呼び

休んでる生徒に会う必要がないとされていた時代でした。

 

いけしまは何を言われても良いですが

母親を責めるなんて…

 

とにかく自己嫌悪な時代でした。

今回はここまで!

 

診断は必要?〜いけしま生育歴③〜

ASD当事者で

大阪府和泉市の放課後等デイサービス「就労準備型放課後等デイサービス 自由帳」指導員いけしまです。

 

前回までで小学生時代を書き切りました!

 

年越し、ひな祭りを過ぎてもなかなか更新できず申し訳ございません。

正直、学生で一番しんどかった中学時代を書くことで精神的負担は想像よりハードで…

 

それでも書きたいのは、

中学生という時代は(障害に関わらず)

しんどいことが多い時期で

それに加えて障害特性に苦しんだ

この時期を語らずしてブログを始めた意味がないと考えたからです。

 

ということで、

今回は中1をつづります。

 

中学に入学したいけしまは

吹奏楽部に入部しました。

 

吹奏楽好きにはそこそこ有名な部で、

厳しいこと、休みがないことが

小学校にも轟いており、絶対入らない!

と思ってました。

しかし、新入生歓迎の演奏で胸キュン❤️

即入部を決めました´。・ϖ・。`♡

 

実は、部活漬けの日々でクラスの記憶はほとんどないですƪ(˘⌣˘)ʃ

相変わらず教師嫌いで、ノート取らず提出物出さず、はた目には舐めた生徒だったと思います(笑)

問題にならなかったのは、

(学校側から見て)問題がある生徒がそこそこいたからです。

あと、担任が音楽教員なこともあり、いろいろ気にかけて良好関係だったことですね。

 

それと、部活は上下関係がハッキリしており

いけしまにわかりやすい環境

だったからです。

 

部活終了後に、のこ練といって顧問が帰るまで自由に自主練してOK制度で誰よりも残ってました。

のこ練と(今思うと)先輩への過剰な敬いで3年の先輩によくしていただきました。

それも先輩が引退する1、2学期の間だけでした。

 

2学期の文化祭を機に先輩が引退すると

新体制となり人間関係が苦しくなっていきました。

 

 

同じパートの2年生の方より別のパートの先輩と仲よかったこと

その先輩が2年生の間ではぶられていたこと

夏のコンクール時にコンクールメンバーに選ばれたこと

 

このことが重なり合い

3年生引退と同時に2年生から

一気にはぶられました。

 

それと、しんどかったのが

呼び出しです。

部活終わりに音楽室に呼び出され

 

2年生全員対いけしま一人

 

この構図で1時間以上2年生舐めてるやらなんやら

身に覚えのないことを責められ続ける…

何回もやられましたね༼ º﹃º ༽

 

何がしんどいって仲良くしてた先輩が2年生に受け入れられ

私と距離をおきだしたことでした。

 

このことが続くと、同級生までが2年生の顔色を見て避けていきました。

 

3学期に入った時には見事に

アウェイ!

 

だんだんと学校に行くのが辛くて、

時々休み、登校しても保健室で熱測ると微熱で早退が多くなるようになりました。

 

思春期にありがちなのですが、微熱を自在に操れる人がよくいます。

私もその一人で姉も実は自由自在でした(笑)

 

この保健室の先生は私のことを支えてくれる中学時代数少ない大人の味方です。

 

中1はおしまい!

今後どんどん、しんどくなっていくので

更新は遅くなるかと…

 

では、また読んで次回も読んでいただけると幸いです(・`◡´・)ゝ

診断は必要?〜いけしま生育歴②〜

ASD当事者で

大阪府和泉市の放課後等デイサービス「就労準備型放課後等デイサービス 自由帳」指導員いけしまです。

 

更新が遅すぎていけしま自体驚き⁉️

自分を書くことの難しさ(精神的にも)を実感しております。

 

前回は、物心ついたときから小学校4年生までのいけしまの生育歴をつづりました。

 

今回は小学校5年生からつづっていきます。

 

おそらく誤解や批判もあるであろう内容です。

しかし、同じ子どもたちにかかわる立場として、子どもの時からの気持ちを忘れる前につづりたいと考え、数週間悩みながら書きました。

 

そのような内容なの今回の意図を先に明確化しておきます。

「間違った教育や療育は

反社会的な行動につながるです」

 

小5のいけしま

この学年は

1つのターニングポイントでした。

小3〜4担任が別の学校に行ってしまったことが大きかったです。

さらに、新担任が教員の経験が浅く、保育園時代を含めて今までベテランの先生にしか当たってこなかったので

いけしまが

頼りない先生と即拒否したことです。

 

いけしまは同年代より大人と関わりたい典型的な発達障害児で大人を信用はしてなかったけど、同級生といるくらいならと先生の近くがいいと先生から離れない子でした。

しかし、小5からは大人嫌いが加速して出来れば距離を取りたい子に変わりました。

 

小5のいけしまに

新担任は口癖のように

まじめに字を書きなさい

そして恒例の

丁寧に書いた字は伝わる

を言ってきました。

この担任になるまでは辛うじてノート取っていたのを一切やめて宿題も完全拒否。

授業中も後ろ向いて受けるということ宣戦布告をしました。

 

もちろん担任も放置はできないので

「いけしま、今先生が説明したこと答えて」

とよく当ててきました。

今よりも聴覚からの記憶力がさらに優位だったいけしまはすらすら答えました。

先生残念´д` ;

このやり取りが頻繁になるとさらに

「この担任に消えてほしい」と思うようになり

当てられた時にこれから説明するであろうことも先に重点を押さえて説明し、新任教員の授業計画をぶっ潰してました。

 

ここまでエスカレートしたのは、クラスメートが担任が困る姿を見て?喜んで歓声をあげるので、

みんなも担任のこと拒否している

=私は正しいことをしているという

「いけしまが思ってること

はみんなも思ってる」

思考が原因だと分析します

 

余談ですが、私がなぜすらすら答えられるかというと母の影響が大きいです。

母は私に「勉強しなさい」と一度も言ったことない、おそらく世間では珍しいタイプでした。

そのかわり、お年玉に半分現金、半分図書券を必ずくれました。

本が好きな母は、本は読んでて損しないと小さい時から言ってくれていたので素直に受け取れていました。

 

小学校入学とともに図書室のありとあらゆる本を読みあさってました。

もちろん識字に困難のあるいけしまは最初から本がスラスラと読めません。

でも、好きで本と触れ合っていたので最初は絵や写真がメインのもの、次に興味があるけど字が多いものとどんどんと知らぬ間にランクを上げていってました。

しなさい!

と言われなかったからこその集中力^ ^

誤解されがちですが、識字の困難さがなくなったわけではなく語彙が増えて漢字全てを読解出来てなくても読める漢字から文脈を読み解く(推論)力が身についていったと分析します。

 

さて、小5のクラスの話に戻りますと1つ変化がありました。

これは1学期だったのか2学期だったのか記憶に自信がないのですが転校生の登場です!

この子も新担任が気に食わなく、家庭環境に難ありという共通することがありました。

また、リーダーシップのあるけど女子特有の人間関係をしなくて良いので意気投合しました。

 

その結果、クラスの中でいけしまの授業放棄態度が伝染し、2学期半ばには授業中に前を向いている生徒はわずか…

授業中に運動場が空いていると、飛び出してドッヂボールや鬼ごっこ開催。

立派な?学級崩壊になりました。

新担任は私たちの前でよく泣き、周りの先生からもよく怒られている姿をよく見ました。

今思うと悪いことをしたと思います。

しかし、許せない部分があること、大人嫌いへの加速に影響したことは事実です。

 

いけしまは小5の2学期から卒業するまで、ほぼ給食の時間かその少し前にしか登校しない自由な生活をしていました。

母にそんな話を最近しましたが、早退以外で電話きた記憶ないとのことなので、諦めかめんどくさがられていたのでしょうかね。

 

小5・6の学校生活で唯一良かったことは(担任を悪にしてではありますが)

周りと一体感を味わえたことです。

これは、私の人生の中で初体験でした。

認められたと感じた経験でもあります。

完全な誤学習ですが…

 

たった2年をかくのにめちゃくちゃ時間がかかったので今回はここまでで!

 

次は激動の中学時代へ突入ですヽ(´o`;

診断は必要?〜いけしま生育歴①〜

ASD当事者いけしまです。

更新が遅くなり反省(☍﹏⁰)

 

前回お知らせした

発達障害は個性だ!」

今回のテーマにする予定でしたが

もっとブログを読んでもらえるように努力して

皆様の意見を交えて改めて取り上げたいと思います。

 

 

 

今回のテーマは

「診断は必要?」

             です。

発達障害を中心に綴っていきます。

 

障害あまりわからない人のために発達障害診断の説明をさせてください。

発達障害精神障害の診断は

ICD-10(WHO)

DSM-5(米国精神医学会)

上記2つの基準に沿って診断されます。

 

発達障害とは

・LD(学習症)

・AD/HD(注意欠如多動性症)

ASD(自閉症スペクトラム症)

この3障害のことをさしており、この中の2つの障害が合わさったり、3つ全て合わさることもあります。

ちなみにASDとLDを

兼ね備えてるのがいけしまです!

 

ここまでが発達障害ってよくわからないという方にも対応したざーっくりとした発達障害の説明でした。

 

 

さてさて、診断の必要か考えるために

いけしまの発達障害と診断されるまでを知ってもらいたいです。

そのため、数回に分けてどのように育ったのかつづっていきたいと思います。

ほとんど伝えたことがないのでうまく伝わるか不安ですがお付き合い頂ければ嬉しいです。 

 

 

①物心ついたとき〜小学生編

 

一番幼い時の記憶は父が母に

罵詈雑言をあげている声

           だと思います。

おそらく2歳かその前か…何度も何度も聞きました。

人が争う音がとても辛いです。

なぜか、反射的にごめんなさいと心が落ち着くまでつぶやいてしまいます。

おそらく、その記憶があるからでしょう。

 

乳児園?・保育園時、複数人で遊ぶのが苦手で

「みんなと遊びなさい」と言われたら、しぶしぶ誰かのそばに居つつもメインは頭の中で自分一人で遊んでいました。

誰かという表現なのは、現在もなのですが人の顔の区別がほぼできず、正直誰といたのかもわからないことが多々あるからです༼ º﹃º ༽

 

そして、今もなのですが流行りが苦手です。

服とかグルメとか全く興味を持てない…

例えば、保育園時代もみんなが三輪車を奪い合っていた(らしい)時もひとりでいつもどおり過ごしていました。

みんなのブームが別になっただいぶ後に、いけしまの三輪車ブームが来て、一人でこぎまくってました(笑)

保育園の先生からは

いけしまはみんなに譲ることができてえらい

と母は褒められたそうです。

 

んーっ違うなぁ…

保育園・小学校時代、給食は誰にも譲らずおかわりをしまくってましたよ〜(笑)

 

他の子と違う!と確信したのは

ひらがなです。

ひらがなは私にとって

アラビア語هيراجانا(ひらがなと書いてます)

となんら変わりなく、これを1つ1つ見極めろって可能なの?と思いました。

ひらがなは「卒園文章つくしんぼ」にのせるため全園児がしなければいけないことで

いやぁ今思い出しても「まじめにやりなさい!」の注意の嵐だった恐怖を思い出します。

そして、周りの子は「名前書けるよ!」とか「なんて書いてるでしょう?」という問題を出し合いしたりしていて、私はバカなんだなぁと思ってました💦

 

その一方で、数字は得意で1桁の足し算、引き算から始まり卒園するときには九九までマスターしてました(笑)

それがすごいこととは解っておらず、周りの大人が「すごい」と言ってくれるので

ひらがなの時と違う雰囲気に疑問を感じてました。

これがまさに得意と不得意のさが激しい現象╮(•́ω•̀)╭

 

さてさて、ASDで困るのが感情の表現の苦手ですね!

実は、いけしまは保育園卒業まではそこまで困りませんでした。いったい何故か分析したところ

「家庭環境」だったと思います。

 

親は自らのことでいっぱいいっぱいで放任的な(ネグレクトではない)子育てであったこと。

父が今思えばAD/HD傾向があり衝動性や攻撃性が強く、いけしまが普通の顔していると

「何不機嫌な顔してんのやぁ💢」

「ばかにしてんのかぁ💢」

と怒鳴り散らされる(それ以上のこともされたがしんどくなる人もいると思うので書かないです)

 

そこで、幼いながらに身につけたのが

とりあえず笑っとけ戦法です。

よく鏡の前で色んな顔をして、父が怒鳴らないような顔を探ってました💦

また母も仕事場のストレスと父の言動( 転職しまくり )で高ストレス状態でイラついているか、落ち込んでいるかのどちらかで、火に油を注ぐASDいけしまの行動がきっかけで

外に出てなさい!

そんなことする子はうちにはいらない!

など家の外に出されることもしばしば… 

 

このおかげか、

顔の表情を作る技を知らぬ間に訓練されたこと( 特にまねる )

人のしぐさを観察するくせができて空気を読む?( 最低限レベル )に近い能力が身についたこと

・常に人の行動を分析すること

 

これがいけしまが生きていく基礎

なったことだと確信してます。

 

 

きっかけはどうあれ、とりあえず笑っとけ戦法は現在も役に立ってるんですね( ^ω^ )

 

この作戦は全て解決に導いてくれたのかというと残念ながらうまくはいきませんね…

 

2回さらわれそうになったそうです。

顔の識別が難しいので、知らない人に公園で迎えに来たと言われホイホイとついていったそうです。

幸いにも周りの大人が止めてくれて事件にはならなかったです。

危なかった💦

 

 

 

小学生いけしまは小1〜小2は

副教科以外は問題なく( 字は残念だが…)学習はよゆーでした。

ただ、担任が厳しくノートや漢字ドリルの字が汚いなどで太ももをパーでよく叩かれました。

いけしまだけではなく、宿題忘れたなどで他の子もよく叩かれていましたねー

今では完全に虐待だろうなぁ…

 

話戻ると副教科が苦手なのは

 

・思っている通りに体が動かせない

・見ながら何かする同時並行が苦手

このような不器用からくることが原因でした。

 

体育は不器用さを爆発させていましたね(笑)

 

図工は手先の不器用➕抽象的な指示

例)好きなものを書きましょうなど

学校外で絵を描くときは本当に何していいのかわからず困りました:;(∩´﹏`∩);:

 

唯一の癒しは音楽♬音楽は物心ついたときから好きで(規則性があるからかな)時間割にあると喜んでました!

いけしまの中では、音楽と数学は近い存在なんです

(誰に説明してもいけしま語なようで伝わらないので割愛)

 

なんとか普通の子のようにもぐりこめていたのですが、他の子と大きく違うのは物を失くす異常さ‼関心のなさ!

席の隣に紙袋が設けられ、いけしま専用のなくし物入れが設置されてました。( 母は学校に来てひたすら恥ずかしがってました)

懇談のたびに保護者に渡すプリントが大量に発掘されるから

懇談=怒られる日でした。 

 

あと字を読むのが苦手なので、おのずと字を書くこと、特に漢字にも大きく影響及ぼしました。

 

話逸れますが、母がなぜか姉が通ってるからと習字と英語を小学校入学とともにに習わされました。

これが失敗体験をたくさん積むことになるとは…

特にアルファベットの認知は今でも弱く小学生いけしまからしたら地獄でした。

習字も「はね」「とめ」と字のバランスを注意されまくりましたが

まずちゃんと見えてないからそんなこと言われても…と思いながらもやめると言えず…

 

英語も習字も習い事不登校となって、最終的に母に行かへんの?と怒られ( 小5くらいかな? )辞めさせてもらいました。

 

小1〜小2の担任、習字の先生など多くの大人が

丁寧に書いた字は伝わる

と宣言したにも関わらず、いけしまの必死で書いた字に叱責を与えました。

このころから大人、特に先生は嫌いと思うようになりました、今も!

 

小3〜小4いけしまは

良い担任に当たりました。

私に発達の課題があると見抜き、母に伝えたそうです。

家に帰って父に伝えたそうですが

「自分が指導できないから子どものせいにするのか!」

と逆鱗に触れたとのこと。

 

この時、適切な支援を受けられていたら

長く苦しめられている二次障害はなかったのでは?

とつい思ってしまいます。

過去は変えられないから考えてもしゃあないんだ!

 

担任の話に戻ります。厳しく優しく、メリハリがあり態度も一定で安心できる人でした。

ある程度、書字に寛容でテストでも漢字で書くところをひらがなでも良いと言ってくれたりしました。

先生は大人の中でも信用できると思え、尊敬してます。

 

ですが!!

1つだけ恨んでいることがあります。

長期休みの宿題です。

いけしまはクラスの子がする宿題を免除されました。

ですが、みんなの前で幼稚園や小1がするような

運筆やひらがなの課題を厚さ1.5cm分ほど渡して来ました。

 

きわめつけに⁉

「いけしまは勉強できるけど字が苦手やからみんなと違う宿題やけど、めっちゃ大変な宿題渡してます」などと、いけしまが宿題を受け取るときにクラスのみんなに説明をしてました。

配慮がたらん!

 

この言葉でクラスの中で勉強できるいけしまという地位でいじりなどの対象になってなかったのが

・お前、ひらがな書けないのか(笑)

・俺やったらすぐ終わるのに、いいなぁ

・いけしまさんってかわいそう

など地位陥落( ゚д゚)

 

しょせん小学生、一時期のいじりを抜ければ、勉強教えてーっとしれっと戻ってくるのですがキツかった(T . T)

反抗的にいけしま用宿題を

提出したことはありません!!!

 

 

ただ、大人になってその手つかずの宿題を見つけたとき、既存のものをコピーしただけではなく、先生の手作りなものもたくさんあり、プリントのいろんな箇所に「まずやってみよう」「継続こそ力なり」「いけしまならがんばれる!」など手書きの応援メッセージを見つけて罪悪感

 

本当にごめんなさい。

 

 

小学生時代全て書きたかったのですが、めちゃくちゃ長くなってしまったので

次回は小5からはつづりたいと思います。

辛い時代を書くことになるのでしっかり

整理して分析して書きたい

      と思いますᕦ(ò_óˇ)ᕤ

 

考え方を変えるのは不可能なの?

ASD当事者いけしまです。

テーマに入る前に

1つ問題提起をさせて下さい。

答えのないことなので率直なご意見聞いてみたいです。

 

      発達障害は個性だ!」

 

この言葉、最近良く使われますが皆様はどう考えますか?

私の考えは次回のブログで障害とは何か考えることをテーマにしたいのでその時に(^-^)/

月曜日夜(火曜日になるかも?)に更新しようと思ってるのでそれまでに意見頂けたらなお嬉しいです。

 

 

 

 

さてさて、今回は

「考え方を変えることは不可能なのか」

                つづっていきます。

 

本当は初ブログで書きたかった言葉なのですが(;´・ω・)

「障害は不便であるが不幸ではない」

という格言を人権教育やもしかすると教科書で聞いたり見たことがある方もいるでしょうか。

かの有名なヘレン・ケラーの残した言葉です。

「ベタ!」って思われてるのは自覚してます(笑)

今回取り上げたのは続きをつづりたかったからです。

 

<ヘレン・ケラーの簡単な紹介f:id:peace-of-cake:20181111165839j:plain

 

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日本人の方が訳したものが長く直訳で難しい表現だったので箇条書きにまとめました。

・私は障害だから不幸と決めつけると現実もそうなる

・私は障害だから不幸と決めつけると幸せになる努力をしなくなる

・人は環境や境遇のせいにしがちだが誰もが何かを抱えている

ありのままの現実を受け入れて努力することである程度幸せになれる

*1

 

上にまとめたことって私の感想では

「考え方である程度幸せになれる」ってことを伝えたかったのだと思うのです。

しかも、ヘレン・ケラー視力と聴力を失っているにもかかわらずこの言葉を残しているのです。

 

私が発達障害の確定診断受ける前に、いろいろと(今思えば)障害特性上で困り

二次障害(環境等の理由で元の障害とは別に情緒や行動に問題をきたすこと)になり、

私はどんなに努力しても出来ないことがあるから一生不幸だと考えていた時期がありました。

 (現在もパニックやフラッシュバック状態になるとその感情がよみがえりますが…)

そんな時にネットで、最初に書いたヘレン・ケラーの格言を見ました。

でも正直に言いますと全く意味がわからず、何を伝えたいのかもわからなかったです。

その後の言葉(今回箇条書きにまとめた言葉)を知り少し楽になれた経験があります。

 

障害がよくわからない方にも共感してもらえるように伝えることを大事にしたので

上記の箇条書きにまとめた言葉の障害部分を自分のコンプレックスの言葉に変えた時、少し理解してもらえるのではと思います。

例:学歴がない、見た目、貧乏、性格など

 

 

私は元々ネガティブな思考で、かつ、決めつけてしまう思考のクセがあります。

ヘレン・ケラーの言葉でネガティブな思考だから不幸などとは考えなくなりました。

 

考え方で自分の生きている世界は変わる

 

さまざまな障害を持った方はもちろん、障害ない方が自伝を書いた時、必ずと言っていいほど考え方の転機があります。

きっかけ、変化した内容は様々なのに考え方の変化後に

プラス時々マイナスに生き方が変化しています。

ありきたりでとても大切な結論です。

考え方を変えることは可能」

 

誤解を招きたくないのですが、本来持って生まれたパーソナリティって難しいかな…

人格といえばイメージしやすいですか?を変えることを勧めているわけではなく、

考え方を変えることについて述べてます。

 

少し逸れましたが、考え方を変えるためには、

・自分の思考のクセを分析すること

 

・意識して考え方を変えようとする(ほどほどの)努力

~しなければならない思考は元も子もない(´;ω;`)

 

・信頼できる人の言葉などきっかけ

いや~きっかけってビックリするほど身近にあるんですよね〜

 

私の場合はマンガでしたね♫

ブログのタイトルのpeace of cake

正式には 

【It’s a peace of cake!】

 

直訳すると一切れのケーキ。

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でも、別訳では

       「楽勝だよ!」

   これは『宇宙兄弟』で影響受けた言葉です⭐️

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有名なんで知ってる人もいるんやろうなぁ、恥ずかしい(//∇//)

この言葉を意識して、私は生きてます(笑)

確実に考え方の変化⇒それに伴う行動の変化を実感してます。

(パニック状態や鬱、それに近い時以外ですが…)

 

私は我が道をいくタイプなので、影響受けにくい方ですが、

宇宙兄弟』の中には

自分の考え方にない考え方単純だけど見落としていたこと

など詰まっていて大好きな本の1つです。

別の当事者の方は『ONE PIECE』で影響受けたと言ってました(笑)

それくらいきっかけって転がっててあとは見つけられるかどうか(これが難しい!!)なんですよね(๑˙ω˙๑)

当たり前と感じる方にはダラダラ書いてしまった感じですね。

 

 ❤️冒頭の問題提起の

  ご意見お待ちしております❤️

 

冒頭の問題提起とは(念のために)

発達障害は個性だ!」

この言葉、最近良く使われますが皆様はどう考えますか?

*1:障害だからの部分が難しい訳だったので、原文見ると「何かしら理由をつけて」というニュアンスだと思うのですが、意味を伝え間違えたらいやなので今回はあえて変えてます。拙い英訳力で申し訳ありません

はじめまして、はじめました

発達障害当事者兼支援者のいけしまです。

ASDと言われる自閉症圏にある発達障害があり、24歳の時に確定診断されました。

 

いけしまの

                 過去〜現在〜未来

                                            つづっていくこと

 

⭐︎当事者の方とまだまだ「生きづらい」世の中を当事者しかわからないことも含めてどうやったら楽しく生きていくか考えていきたいなぁ

 

☆当事者のご家族や友達など身近な人と障害に関する共有やアドバイス頂き身近な人も楽しく生きていけるようになりたいなぁ

 

★そのことで発達障害を知らない方には障害を身近に感じてもらいたいなぁ

 

このことをメインにつづっていくことで〔いけしま〕はもちろん、〔いけしま以外の方〕の

足あとを残していきたい!

これがこのブログをはじめた想いです。

 

きれいごとではなく

    発達障害を中心に障害に関する現実を

                       伝えたい、伝えて欲しいのです。

 

肯定的、批判的、ネガティブでもポジティブでも切実な気持ちを伝えます!

なので、ブログを読んでいただいた方も伝えて欲しいです。

 

長くなりましたが、まずは自己紹介が定番でしょうかね(笑)

 

現在

⓿当事者いけしま

ASDの当事者です。細かいことは今後少しずつ書いていきたいので割愛(笑)

 

①支援者いけしま

2018年11月1日に開所した中高生対象の

就労準備型放課後等デイサービス 自由帳

支援員をしてます。(この仕事も割愛で!)

また、今まで支援者として関わってきた保護者や当事者の方が少しでも生きやすくなれるように継続支援のボランティアしてます。

今年はできてないですが、家庭教師ならぬ家庭個別療育支援(障害のある子に特化した技法の教育)もやってます。

来年からは再開したいと思っています。

 

❷研究者いけしま

現在、発達障害研究は早期支援が主流となっており、私のように大人になってから発達障害なった方への支援の薄さを危惧し、研究しています。

今後、ご家族の支援も研究していきたいと考えております(おそらく博士課程進学したら?)

 

③学生いけしま

兵庫教育大学大学院特別支援教育専攻に所属し、この2年は諸々な理由で休学中です。

来年4月から復学します(*´∇`*)

この先生のゼミに行きたいと大学院を決めて、運良く所属でき、困らせてばかりですが

この先生に出会えなければ私は生きていないだろうというほど感謝している先生です。

 

セブンイレブンを愛するいけしま

15年ほどなんやかんやお店かわりながらもセブンイレブンで働いています。

自他ともに認めるセブンイレブンマニアです。

セブンイレブンがなければ、間違いなくマルチタスク(同時に別のことする力)が身につかず私は就労できていなかったでしょう。 

 

吹奏楽するいけしま

残念ながらセブンイレブンよりオタク度下がりますが、中学校の部活ではじめた吹奏楽をブランク空きながらも続けてます。

一応トランペット担当ですねー

 

長くなってしまったので最後に職場の人と協力して作ったPOPを披露させて下さいませ!

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